想いを馳せる 

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テレビが・・・

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5/21
病院で働いていると現地のソーシャルワーカーに声をかけられた。なんだろうと思うと、ある新聞を見せられた。するとそこには、僕の写真が写っていた。しかも名前も一緒にっ。しかもこの新聞は、ドミニカ共和国では、HOYというかなり有名。(たぶん一番大きいんじゃないかなぁ。一番見かけるし)

内容は、「ようこそボランティアの皆さん」という内容で。

 しかも左上には、元プロテニス選手のグラフとアガシのウインブルドンでのキスシーンの記事があった。アガシとグラフは、僕が、高校生ぐらいのときに活躍していた憧れの選手だったが、今回は、写真の大きさで勝った♪

 写真がの大きさでアガシとグラフに勝ったからなんなんだといわれたら仕方がないし、自分でもそう思うが、アガシとグラフのキスより日本のボランティアの方が、関心があり、よりすこしでもこの国で期待されているかと思うと、「頑張らなくては」と思う。

5/25
週末、首都にて、日本人ボランティアによるドミニカ人への日本の紹介するためのイベントをおこなった。柔道や剣道、空手から、踊り、けんだま、そして折り紙などのの紹介をした。この会は、大盛況で、ドミニカ人に少しでも日本のことを知ってもらうことができたと思う。この国の人たちは、日本製の車や電化製品が溢れているにもかかわらず、ほとんど日本のことを知らない。現に、僕たち日本人があるくとチーノ(中国人)とよく呼ばれる。かれらにとって、東洋人はすべてチーノと同じ感覚なのだろう。ハポネス(日本人)だと言うと、理解してくれるが・・・

 日本とこの国の友好のためにも、ボランティアを含めた日本人のことや日本のことをもっと知ってもらって、もっともっと日本のことを好きになってくれたら嬉しい。


5/26
このブログは、いちおう写真中心のつもりで開設したけれど、最近写真をとっていないせいか 写真の添付がすくなっている。もう少し増やして行きたいが・・・なにせ一眼レフは荷物になるし、安全のため気軽るに持ち出せていない。

今日も、リハのミーティングのために 首都サントドミンゴにいった。いつも首都への移動は、バスで行う。約150㎞を2時間半ぐらいで移動でき、210~280ペソ(日本円では、700円~900円くらい)で、値段の幅は、バス会社によって値段が異なるから

 このバスがとても寒い。長そでとウィンドブレーカーを来ても寒くて震える。ちょっと寒いどころじゃなくて、メッチャメチャ寒い。ドミニカ人は、南国の国なのでもちろん半そで、でいるのだが、「いつも寒くないのか」と疑問に感じてしまう。寒いくらいクーラーを効かしていることが、ひとつのステータス、高級感を醸し出していると聞いたことがあるが、かなり無駄だ。環境産業が重要な産業の一つな国なのに、環境を考えられていないのも大きな問題だけど・・・意識をお変化させるのは、なかなか難しい

 さて、なぜ首都にいったかというと 首都にも似たようなNGO系の病院があり、そこにも日本人ボランティアの作業療法士がいるので、僕の勤務している病院の作業療法士、偽視装具士と僕合わせて、四人で今後の活動について話し合った。

 決まった内容の一つとして、7月と8月に合同勉強会を開催することで、僕も実施することになった。もちろんスペイン語で行うので、かなり不安だが、それをするのが、おもな活動の一つでもあるので、頑張って準備していきたい。


5/27
今日、仕事の帰りにタクシーを利用したところ、運転手の感じがかなり悪かった。運転も荒いし、イライラしている。ほとんどの運転手が荒いので、別にかまわないが、イライラしているのは、かなり感じがわるかった。何故かというと、料金設定が結構、あいまいで、運転手の気分で決めているのかという感じだし、たまに ボッタクリの値段を請求してくるからだ。

 自宅近くに到着して、いつもどおりの金額を渡したところ、案の定、いつもより高い値段を要求してきた。一応、交渉して高いと 文句をつけたが、相手はいっこうに引く気配がない。要求している値段もいつもより少し高いだけだったので、シブシブ払った。僕は、このシブシブをかなり態度に示していたんだろう。払い終わり、車から降りた後、かなりの勢いで文句を言われた。何を言われているかさっぱりわからなかったので、 こちらも強気で何をいっているかわからないと 言い返したら、そのまま 去っていった。

 ビビりの僕が、以外と平常心だったのが 自分で驚いたが、冷静になると、安全上良くないと思いなおした。自宅周辺だったし、日本人だというだけで、どうしても目立ってしまうし、治安のあまり良くないこの国では、危険が付きまとうからだ。少しは、この国に慣れてきたんだろうけれど、自分の身を守る意識は慣れないように気をつけなければと 思いなおした。

5/28
今日、僕の部屋にテレビが設置された。どうやって、テレビを手に入れたかというと ホストマザーが、家にあるテレビを部屋に置きなさいといってくれた。僕は、びっくりしたけれど、スペイン語のヒアリングのためにも、あったほうが、いいと思ったので、快くいただくことにした。しかもケーブルテレビだと思うが、チャンネルが、60チャンネルもあるので、ディズニー番組からスポーツ、ニュース、子供向けのテレビもある。テレビを上手く利用して、スペイン語の上達に役に立てたい。
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by R-PT4575 | 2009-05-30 04:32 | instantáneo

不安

5/14
最近、というか この国に来て不安にさいなまれることが多い。思っていることが伝えられない、相手の思いを理解できないというのは、かなり辛い。毎日、劣等感を強く感じてしまう。子供としゃべっても聞き取れないし、会話が続かない。何をするにも劣等感がつきまとう。人によっては、これが楽しいというひとがいるかもしれないが、僕の性格では、大きい。、来る前から予想していたけれど・・・
観光なら楽しめるだろうが、仕事をしようとなるとさらにきつい

 約2週間 このリハビリテーションを見学して 感じたのは、「恐らくこの病院に僕たちのようなボランティアをあまり必要としていないんじゃないか・・・」

 何故かというと 彼らは、僕より経験年数があるし、いままでのやり方で満足している。さらに、日本でもここの病院と同様に、毎日同じことや、温めたり、電気を当てたりなど物療中心にリハビリをしている病院があるくらいだ。だから 彼らは、あえて必要としていないのだろうと感じる。

 自分がしていることが正しいと思っているひとに対して、変化を起こそうとするのは、日本人同士でも難しいのではないだろうか。しかも僕は、幼稚園以下レベルのスペイン語でしか話せない。

 だから どうすればいいのか模索しているのだが・・・ 言葉ができない分、気持ちが大事だと思っているから、今は、相手のしていることに対して 口出しや批判はせず、 僕が、数少ない患者の治療をするときは、背中で語る男として 黙々と患者の治療をしようと心がけている。

 僕が治療しているとき 彼らは、椅子に座って、おしゃべりをしていたり、お菓子を食べたりしていることが多いので、まだまだ、彼らに興味を持たせることはできていない・・・

 必要としていない人に対して どう興味を持たせるか、そしてその興味をどう継続させていくか・・・ 
 日本人が10年以上前からかかわっているにもかかわらず、変化させれていないので、先輩隊員たちと違うことをしなければならないと思っているけれど・・・
 
 日本国民の血税である貴重なODAを無駄にしないよう努力したい

5/17
ここの病院の理学療法士は、リハビリカルテを書かない。だから患者の日々の変化をみることができないし、見ていない。ただ、毎日同じことをしているだけ。
 JICAからの僕への要請は、理学療法評価の導入なので、なんとかリハビリカルテを導入したいと思ってる。しかし、ドミニカ人は、面倒くさいことは、一切しないので、先輩隊員たちが挑戦したにもかかわらず、定着できていない。なんとかしたいのだが・・・

5/19
サンチアゴにきて、日にちがたつのが 早く感じる。スペイン語の上達がほとんど見られないのに、月日が過ぎる。言葉ができないから積極的に仕事ができない。少しずつ、患者の治療を手伝ったりするが、現地の理学療法士の指導までいたらない。日常会話がままにならないのに、専門用語になるとまだまだ、手も足もでない・・・不安だけがつのる
 このまま2年間が過ぎてしまうのかと・・・

5/20
サンチアゴに来て ほとんど写真を撮っていない。警戒しているのもあるけれど・・
自宅にネットがないから 毎日職場に、パソコンを持っているから、カメラを持ち歩いていないから・・・
早く 自宅にネットをひきたいけれど・・・

ホストマザーが、電話会社に電話してくれない。以前、一人で、会社に行ったが、僕だけでは、接続することができないと断られた。なぜか、家主の許可が必要だそうだ・・・ う・・・ん 今日、電話してくれた?って確認したら「電話、故障してたから 明日 かけるわっと・・・」 今、電話かけてただろっ と心の中で、叫んだが、おとなしく、「ありがとう。明日よろしくおねがいっ」と笑顔で返した。

いつ 自宅にネットがひけるだろうか・・・
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by R-PT4575 | 2009-05-21 09:31 | instantáneo

技術移転

5/10
 今日、初めてホームステイ先の台所で料理をした。実は、料理をほとんど作ったことがなかった。だから不安だったが、今日は、ナポリタンスパゲッティーに挑戦。

 具在は、玉ねぎとニンニクとケッチャップだけだったが、以外と美味しかった。作業もスムースに行えた。今回、できたことで根拠のない自信がわいてきた。レパートリーを増やしていかないと駄目なので、まずは、いろんなスパゲッティーを勉強していきたいと思う。

 あと、台所へのアプローチの仕方だが、再度 家族と話し合った結果、僕の部屋とホストマザーの家の部屋につながるドアを使うことになった。
 問題は、僕の内側からは、鍵がないので、鍵をかけることができない。少し心配だが、自由に台所に行けることによって、かなり気分が楽になった。 どんどん図太く、料理をしていこうと思う。

5/11
僕が、この国に来ている理由として、この国のサンティアゴにある病院の理学療法士たちに技術移転をするために来ている。
 しかし、現状では、できていない。大きな問題として言葉の壁が大きい。どうしても専門用語になってしまうため、スペイン語と日本語の医療用語を変換しにくい。なんとか スペイン語と英語の医療用語の辞書を手に入れたい。そしてスペイン語で書かれた医療の本などを探したい。
 
 次に技術移転を困難とさせているものが、理学療法(リハビリ)の違いだ。この国では、温めたり、電気を使用したりする物理療法中心になっている。そして、その理学療法の効果判定は、楽になったかどうかだけだと思う。

 もっと患者さんが、どのような生活場面で困っているとか、どのような動作がしにくいのか。何故、その生活面においてその動作がしにくいのかを この国の理学療法士達が、考えることができるように 伝えていきたい。そして、身体能力の機能改善のための運動療法(手段)も、伝えることができたらいいなぁと思っている。

 だが、この病院に日本から理学療法士が派遣されて僕で5代目で、10年以上たっているが、ほとんど変化がみられていないようだ。要請内容(技術移転内容)も初代からほとんど変化がないため、現実は厳しいのかもしれない。

 ただ、僕が変えるんだという意識を忘れず、前向きに頑張っていきたい。


5/12
 昨日、今日と、医師から理学療法士へのリハビリの処方箋を見て回った。まず、日本の医師も同じだが、医師の筆記体は、かなり読みにくい、そして専門用語のスペイン語と重なり読解に困難を極めた。

 内容は、日本と違って、比較的細かく処方されている。しかし、一方で理学療法士は、それに沿って行っているかと言えば、何日かリハビリのしている様子を見学した感じでは不十分だと感じた。

 処方箋を見る前は、医師からの指示もあまり的確ではないのだろうと思っていたが、読んだ後では、現地の理学療法士達が、医師からの指示に答えられていないのが問題ではないかと理解した。

 だから、技術移転の方法として、医師からの処方に対して答えやすい、技術の指導を、まず中心に行っていったらいいのではないだろうか。 本当は、もっと評価方法など基本的なことを指導したいのだが、現地の理学療法士達は、あまり楽しくないだろうから、わかりやすいところから入っていきたい。

 さらに昨日、初めて患者の治療を行った。片麻痺の患者だったが、治療後に明らかな変化をもたらすことができた。そのせいか、今日、二人の理学療法士達に簡単なアドバイスを求められた。スペイン語が拙いためほとんど理解しあえなかったと思うが・・・

 焦らず、僕も教えてもらうという謙虚な気持ちを忘れずに、行動していきたい。
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by R-PT4575 | 2009-05-14 05:02 | instantáneo

訪問

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5/8
昨日、サマナ地方を訪問し、先輩隊員の看護師とともに障害者の自宅へ訪問した。
障害者宅への訪問リハビリは、私がやりたかったことの一つだ。

だが、私たちが、いった場所は、遠く頻繁にいくことなんてできない。テレビでみそうな、125CCのバイクに三人乗りをして
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、整備されていない道路を山の中を水たまりを避けながら障害者宅にむかう。

そして、訪問したところで、簡単に助けることなんてできない。
患者の情報がないのだ、 たとえば、この患者は、腰の変形が強く レントゲン写真などない。なにもわからない状態で、リハビリや口を出すのはリスクが大きい。

だから、僕は、ほととんど何もできず、ただ、看護師の先輩隊員の後ろについているだけであった・・・・


その後は、看護師隊員が、小学校で予防注射を行うので、その見学についていった。
順番に注射をすれば、いいのだろうが、子どもたちは、順番に並ぶことができない。また、指示を出している先生たちも 順序良く整理させることができない。だから 妙に時間がかかる。

これもドミニカ共和国の特徴だろう
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by R-PT4575 | 2009-05-09 01:11 | instantáneo

交渉

5/5
今日からまた仕事が始まった。今日も見学中心におこなった。半身不随などの片麻痺患者や骨折患者などの整形患者に対して温めるなどの物理療法がほとんどだ。 今日は、少し、僕が主に技術移転をする相手(カウンターパート)と少し話したが、患者が多くて、個別にリハビリをする時間がないとのこと。僕は、最悪、マンパワーとして、いち理学療法士として治療をするつもりだったが、それをすることも難しそうだ・・・
 
 加えて、現地の理学療法士のやる気があまりない。その大きな原因は給料が安いからだという。確かに日本円になおすと三万円弱。(500mlのペットボトルのコーラが約90円くらい)だからかなり厳しいと思う。しかし、この部分は僕が変えることができない。

 ただ、どの患者に対しても 同じことしかしないのだから 仕事内容も面白くないだろうとも思う。僕は、少しずつこのあたりを変えていけたらいいなぁと 考えている。

 今日は、大きな仕事があった。部屋の契約だ。
一番の目的は、ズバーンと自由に台所に行けるようにすることだった。そう。ズバーンといいました。「毎回、玄関のベルを鳴らすのは、気を使うから 早朝とか、コップ一個洗うのも気を使うから・・・自由に使いたいと・・・」ちょっと腰が引けながら・・・

回答は・・・
「気にしないで、いつでも ベルを鳴らしてくれたらいいから」

まぁ そりゃそういう答えが返ってきますよね・・・

これは、まさに 神様が私に与えた試練 「もっと 図太くなりなさい」と・・・

しかし、その前に僕の髪の毛が細くなる可能性が・・・

カリブ海の太陽の日差しの強さのせいで禿げるのではなく、自分の精神的な弱さで禿げるかも(^_^;)
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by R-PT4575 | 2009-05-07 02:34 | instantáneo

サンティアゴへ

5/3
 4/30にJICAの事務所で着任式があり、僕の配属先になるNGOの病院の関係者と一緒に、赴任先であるサンティアゴに向かった。
 どんな街だろう・・・ サンティアゴは、ドミニカ共和国の二番目に大きい都市だ。
到着したとき。やっとたどり着いた。このボランティアなりたいと思い、応募してから、ほぼ一年後にこの地に辿りつくことができた。第一印象は、首都ほど大きくなく、小さなな街に感じた。
 
 この街は、静かだ 首都サントドミンゴでは、いたる所で音楽がなり響いていたが、この地では、本当に静かだ・・・ 日本とあまり変わらない静けさだ。
 気のせいか、人もおとなしい感じがする。首都では、街中を歩いていると、良く挨拶されたが、この地では、少ない。というかほとんどない。

 当日、いきなり JICAボランティアによるサンティアゴ隊員による歓迎会をしていただいた。みんな優しそうな人でホットした。

 翌日(5/1)、職場の人が自宅に車で迎えに来てくれて、一緒に職場に向かった。車で家から約10分程度に病院があった。思っていたより大きく、僕が配属される場所は、病院のリハビリテーション施設で、外来患者のみの予定。

 同僚は、僕と同じ理学療法士が、10人程度、作業療法士と言語聴覚士はいないが、代わりに、僕と同じボランティアの作業療法士と現地の理学療法士の免許を持っている人が、一緒に作業療法部門で働いている。そして、言語療法も、現地の理学療法士の免許を持っている人が、言語療法を行っている感じだ。
 今日は、施設見学中心だったので、よくわからないが、少しずつ状況を把握していきたい。

 5/2
今日から三連休、なぜかというと月曜日は、メーデーだから
 場所も良く分からず、周りに友達もおらず、どう三連休を過ごしたらいいのだろうか。

 ホームステイ先の家は、僕が住んでいる部屋には、離れになっている。つまり、入口は別々になっている。だからプライバシーが確保されるからいい感じだと思っていた。しかし、僕の部屋には、シャワー室とトイレがある。しかし、手洗い場や台所はない。もし、料理を使用とするとわざわざ、ホストマザーの玄関に行って、ベルを鳴らして、開けてもらわないといけない。つまり自由に台所を使うことができない。なんてこった・・・
しかもコップと皿一枚とフォーク等を渡されて、「あなたの部屋に置いといてもいいよっ」
いや・・・どこに置けるのでしょうか?自分の部屋に・・・皿とコップを・・・むき出しで置いときなさいということなんでしょう おそらく… う・・・ん
 
 この家族は、ドミニカ共和国人ぽくなく、なんかドライだ・・・ 
さらにさらに・・・この家族は、旅行のため、家を空けるという。 僕のご飯はどうすればよかとですか・・・ 雀の涙しかない生活費では、レストランなどでは食べることができないし・・・ ということで、近くのスーパーでパンとオレンジジュースを購入し、一日中、それのみで過ごした・・・

 テレビ、ラジオ、そしてインターネット、新聞もない部屋で、そして全くしらない場所、そして喋る人もいない(ドミニカ人も)。正直、非常にさみしい・・・

 ここに住んでいる限り、スペイン語は、職場だけになってしまう。これでは、上達するのが遅い。しかも僕が働く職場には、作業療法士と義士装具士の3人の日本人がいる・・・ 
これは、やばい・・・

 正直、早々と引っ越しを考えている。正直,台所は、自由に使いたい。あと、もう少し、スペイン語を上達できる環境を望む。う・・・ん 贅沢なのか・・・ 

 後ろ向きだけではいけないから、日本から持ってきたスペイン語の参考書を読んで勉強に励む。そして、早くドミニカ人の友達を作らないと

5/3
今日は、サンティアゴの先輩隊員に少しサンティアゴの町を案内してもらった。
まず、昼ごはんを一緒に食べようと台湾喫茶にいった。ここは、中国系の人達が経営している。僕にとって 料理は、ドミニカ食より中国系の料理が合う。 サンティアゴに到着してから 次の日から パンしか食べていない僕にとって、とても美味しく食べることができた。この場所は、インターネットもできるみたいだから、一人でもこようと思う。

 次に、スーパーを案内してもらったが、ドミニカ共和国は、お店は、日曜には休みなことが多いため、ほとんど閉まっていた。 しかし、大型スーパーは、開店していたので、そこで、洗剤など日用品をそろえた。しかし、大型スーパーは、日本のスーパーと遜色ない。

 夜は、先輩隊員が、僕の毎日の食事を気の毒と思い 先輩宅で ご飯を作ってくれた。
鍋で白ご飯を炊いたのだが、これもとても美味しかった。やっぱり日本人には、白ごはんが大切。残念なことに沢山作ってくれたけれど、最近 小食のため胃が小さくなったせいか あまり食べることができなかった。

 その先輩隊員とある殺人事件のついて話を聞いた。詳細は書くことはできないが、その先輩は、近距離で拳銃の発砲音を聞き、そして撃たれた人の呻き声を聞いた。その時、自分の死の恐怖を身に感じたそうだ。
 その話は、とても生々しく、聞いて恐ろしかった。普通に生活していると治安の悪さをあまり感じない。だから慣れてくると安全に対し油断しがちになる。だけど、この国では、油断してはならないと改めて思った。

 その後、僕の自宅に帰ったが、まだ、ホストファミリーは帰ってきていない。たしか今日 帰ってくると言ってたはず・・・

5/4
朝 起きた。しかし、家族は帰ってきていない。洗濯物も増えてきたけれど、入れないから洗濯もできない。 う・・・ん かなり不便だ。しかたなく、昨日買ったバケツで下着類を洗濯した。

昼もパン一個だったため、夕方から散歩に出かけた。土地勘が全くないため、あまり遠くにはいけない。一眼レフも 危ないということで、持ち出さなかった。
 
 ブラブラと歩いていると マクドナルド発見!! 「欲しがりません。勝つまでは・・・」と思ったが、ふと気がつくと「doble carne,por favor」とダブルバーガーを注文していた。一日のうち 一食くらい贅沢してもいいじゃないかと 自分に言い聞かせながら・・・

 帰ると、ホストファミリーも帰っていた。まだ、できていない部屋の契約の話をしたいのだが、長旅で疲れているだろうと 日本人的配慮をしてしまう。
 契約の話の時に、ズバーンと「キッチンを自由に使いたい」「Yo quiero usar la comedor libere!!]とかましてやろうっ!!!でなければ「yo tengo que mudarse otra casa!!」と「引っ越しなければ!!」と引っ越しをちらつかして 強気な交渉をしてやろうじゃないかっ!!!
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by R-PT4575 | 2009-05-06 02:51 | instantáneo